NHKのレッツダンスが流行った頃には、
会社帰りに待ち合わせて、ダンスホールへレッツダンス。

新宿には、たくさんのダンスホールが有りました。
カルチャーセンターで、同じステップを習っている仲間は、
はじめたばかりの初心者でも、気軽に誘い合えます。

気を使わない冗談の言い合える仲間との、
肌の触れ合えるちょっと刺激の有るコミュニケーションの場。
そんな、グループに最適なダンスホールのランデブーは、
時代の変化で、無くなってしまってから、どれぐらい経つでしょう。

シャルウィダンスやテレビの影響か、時代はランクを目指す競技ダンスに。
ひたすら鍛え戦うストイックな姿は、日本人好みなのでしょうか?
自然に、ダンスホールのグループは消えて行きました。
競技ダンス予備軍の健康的で、安い会費で踊れる公民館ダンスが普及しました。

当時の新宿ダンスホールの最後の生き残りのステレオホールも2009年に廃止されたそうです。
ステレオホールでは、ふらっと行って、全く知らない人とダンスを楽しめる、そんなドキドキ感を楽しめました。

会社帰りに寄ったステレオホールで、言われた言葉。
「ダンスシューズを履いていない人とは踊らないの」
今はダンスシューズもネット販売で簡単に手に入るようになりました。

団塊の世代の男性 にお勧めの社交ダンスシューズは、

黒の牛革、モダン用(競技会でもパーティでも、これで可)で、ひざや腰の負担が少ないのが特徴です。

 

<ネット通販で社交ダンスのメンズ用品を探す> では、いろいろな人向けのダンス・シューズを紹介しています。

女性用は、
何は無くてもダンスはシューズ~ネット通販で賢いシューズ選び

 

昔懐かしい、社交ダンスを思い出させてくれる本が有りました。
プロジェクト鹿鳴館! ――社交ダンスが日本を救う (角川oneテーマ21)

鹿鳴館とは名前だけしか知らないが、戦後の第二鹿鳴館時代(仮称)が現憲法作成にも影響したとは。
GHQ幹部のダンスのパートナーとなった日本人貴族婦人のお願いで天皇制存続が実現に動いたとは、社交ダンス恐るべし。

団塊世代の社交ダンスの始まりは、大学時代のダンスパーティが多いのではないでしょうか。
風営法管理下のダンスホールへの取り締まりから、ダンス業界の危機意識でスポーツダンスへの流れになりました。

鹿鳴館の精神を実現すべく、ドレスコード ホワイトタイの パーティが名門三井倶楽部で実現された経過が書かれていました。

社交ダンスも競技以外で、最高のドレスコード燕尾服で踊れる喜びを感じる必要もありそうです。
団塊の世代のノスタルジーかもしれませんが。

 

天皇皇后が社交ダンスを楽しまれたというニュースもよく見かけます。
セレブの舞踏会の場は、ドレスコード付きが多いようです。
ホテルでの舞踏会、クルーズでの舞踏会、世界に羽ばたく舞踏会。

米倉涼子が40になったら踊りたいと言っている社交ダンスは、
公民館ダンスや競技ダンスではなく、イブニングドレスの出会いの舞踏会だと思います。